ブレイクのダンテ「神曲」への挿絵
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悪鬼に責められるナヴァルラ人:ブレイクの「神曲」への挿絵



ダンテたちは、プールに浮かんでいる一人の男の亡霊を見る。ヴィルジリオの問いに対して、ナヴァール生まれのものだと答えたその男は、生前職務の権限を悪用して汚職を行った咎で、ここに落されたのだと語る。その亡霊に向って、悪鬼たちが責苦を与えようとして身構えるが、頭目が悪鬼らを制止して、ヴィルジリオが亡霊に語りかけるのを許す。

悪鬼たちは我慢が出来なくなり、頭目の眼を盗んで亡霊に襲いかかろうとする。しかし亡霊は言葉巧みに、その場を逃れ去ってしまうのである。

 我、わが師よ、おのが敵の手におちしかの幸なき者の誰なるやをもしかなはゞ明めたまへ 
 わが導者その傍にたちよりていづくの者なるやをこれに問へるに、答へて曰ひけるは、我はナヴァルラの王國の生なりき 
 父無頼にして身と持物とを失へるため、わが母我を一人の主に事へしむ 
 我はその後善き王テバルドの僕となりてこゝにわが職をはづかしめ、今この熱をうけてその債を償ふ 
 この時口の左右より野猪のごとく牙露はれしチリアットはその一の切味を彼に知らせぬ 
 よからぬ猫の群のなかに鼠は入來れるなりけり、されどバルバリッチヤはその腕にて彼を抱へて曰ふ、離れよ、わが彼をおさゆる間 
 かくてまた顏をわが師にむけ、ほかに聞きて知らんと思ふことあらば、害ふ者のあらぬまに彼に問へといふ 
 導者、さらば今ほかの罪人等のことを告げよ、この脂の下に汝の識れるラチオの者ありや、彼、我は少しくさきに 
 その隣の者と別れしなりき、あゝ我彼と共にいまなほかくれゐたらんには、爪も鐡搭もおそれじものを 
 この時リビコッコは我等はや待ちあぐみぬといひてその腕を鐡鉤にてとらへ引裂きて肉を取れり 
 ドラギニヤッツォもまたその脛を打たんとしければ、彼等の長はまなざしするどくあまねくあたりをみまはしぬ 
 彼等少しくしづまれる時、わが導者は己が傷より目を放たざりし者にむかひ、たゞちに問ひて曰ひけるは 
 汝は岸に出でんとて幸なく別れし者ありといへり、こは誰なりしぞ、彼答へて曰ふ、ガルルーラの者にて 
 僧ゴミータといひ、萬の欺罔の器なりき、その主の敵を己が手に收め、彼等の中己を褒めざるものなきやう彼等をあしらへり 
 乃ち金を受けて穩かに(これ彼の言なり)彼等を放てるなり、またそのほかの職務においても汚吏の小さき者ならでいと大なる者なりき 
 ロゴドロのドンノ・ミケーレ・ツァンケ善く彼と語る、談サールディニアの事に及べば彼等の舌疲るゝを覺ゆることなし 
 されどあゝ齒をかみあはす彼を見給へ、ほかに告ぐべきことあれど彼わが瘡を引掻かんとてすでに身を構ふるをおそる 
 たゞ撃つばかりに目をまろばしゐたるファールファレルロにむかひ、大いなる長曰ひけるは、惡しき鳥よ退れ 
 この時戰慄く者語をついでいひけるは、汝等トスカーナまたはロムバルディアの者をみまたはそのいふ事を聞かんと思はゞ我彼等を來らせん 
 されど彼等に罰を恐れざらしめんため、禍ひの爪等少しくこゝを離るべし、我はこのまゝこの處に坐して 
 嘯き(我等のうち外に出るものあればつねにかくする習ひあり)、ひとりの我に代へて七人の者を來らせん 
 カーニヤッツオこの言を聞きて口をあげ頭をふりていひけるは、身を投げ入れんとてめぐらせる彼の奸計をきけ 
 羂に富める者乃ち答へて曰ひけるは、侶の悲しみを増さしむれば、我は至極の奸物なるべし 
 アーリキーン堪へず衆にさからひて彼に曰ふ、汝身を投げなば我は馳せて汝を追はず 
 翼を脂の上に搏つべし、我等頂上を棄て岸を楯とし、汝たゞひとりにてよく我等を凌ぐや否やをみん 
 讀者よ、奇しき戲れを聞け、彼等みな目を片側にむけたり、しかも第一にかくなせるは彼等の中殊にその心なかりしものなりき 
 たくみに機を窺へるナヴァルラの者、その蹠をもてかたく地を踏み、忽ち躍りて長を離れぬ(地獄篇第二十二歌から、山川丙三郎訳)

頭目の眼を盗んで、ナヴァール人の亡霊に襲い掛かり、責苦を与える悪鬼たち。





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