ブレイクのダンテ「神曲」への挿絵 |
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亡霊がダンテの問いかけに答えないので、ダンテは珍しく怒ってその亡霊の髪を引っ張った。それでも亡霊は自分の名を名乗らない。だが他の亡霊がそのものの名を告げた。その者こそは、ボッカといって、ダンテの故郷フィレンツェを裏切った男だった。 地獄の一番底のもっともすさまじい場所には、裏切り者が落されていたのだった。 この時我その項の毛をとらへ曰ひけるは、いまはのがるゝに途なし、若し名をいはずば汝の髮一筋をだにこゝに殘さじ 彼聞きて曰ふ、汝たとひわが髮をむしるとも我の誰なるやを告げじ、また千度わが頭上》に落來るともあらはさじ 我ははやくも髮を手に捲き、これを拔くこと一房より多きにおよび、彼は吠えつゝたえずその目を垂れゐたるに ひとり叫びていひけるは、ボッカよ何をかなせる、あぎとを鳴らすもなほ足らずとて吠ゆるか、汝に觸るは何の鬼ぞや 我曰ふ、恩に背きし曲者奴、いまは汝に聞くの用なし、我汝の眞の消息を携へゆきこれを汝の恥となさん 彼答へて曰ふ、往け、しかして思ひのまゝにかたれ、されど汝この中よりいでなば、いまかく口を輕くせし者のことをものべよ 彼こゝにフランス人の銀を悼む、汝いふべし、我は罪人の冷ゆる處にヅエラの者をみたりきと 汝またほかに誰ありしやと問はるゝことあらん、しるべし、汝の傍にはフィオレンツァに喉を切られしベッケーリアの者あり かなたにガネルローネ及び眠れるファーエンヅァをひらきしテバルデルロとともにあるはおもふにジャンニ・デ・ソルダニエルなるべし 我等既に彼をはなれし時我は一の孔の中に凍れるふたりの者をみき、一の頭は殘りの頭の帽となり 上なるものは下なるものゝ腦と項とあひあふところに齒をくだし、さながら饑ゑたる人の麪麭を貪り食ふに似たりき 怒れるティデオがメナリッポの後額を噛めるもそのさま之に異ならじとおもふばかりにこの者腦蓋とそのあたりの物とをかめり 我曰ふ、あゝかく人を食みあさましきしるしによりてその怨みをあらはす者よ、我に故を告げよ、我も汝と約を結び 汝の憂ひに道理あらば、汝等の誰なるや彼の罪の何なるやをしり、こののち上の世に汝にむくいん わが舌乾くことなくば(地獄篇第三十二曲から、山川丙三郎訳) 絵は、亡霊ボッカの髪を引っ張るダンテを描く。ダンテが珍しくもこのように興奮したのは、この亡霊がダンテの故郷であるフィレンツェを裏切ったからなのだ。 そのダンテらの背後には二つの亡霊が縺れ合っていて、そのうちのひとりが、もう一人の頭に食いついている。 |
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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2016 このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである |