ブレイクのダンテ「神曲」への挿絵 |
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天国編第二十四曲に続き、第二十五曲のためにダンテは二つの挿絵を描いた。両者ともに、「神曲」への挿絵の中で最も気合を感じさせるものだ。色彩も豊かで、構図もしまっている。保存状態もよい。 二十四曲に引き続き、ダンテとベアトリーチェの前に新たな聖人の霊を納めた炎があらわれる。聖ペテロの霊に並んだその炎は、聖ヤコブの霊を収めた炎であった。聖ヤコブは、ダンテが天国の喜びを分かち合う資格を持っているか、その確認をするために現れた。その霊に向かってベアトリーチェが、ダンテがそれに相応しいことを保証し、是非彼にも天国の喜びを分かち合えてくれるように願う。 クリストがその代理者の初果なりとして殘しゝ者の出でし球より、このとき一の光こなたに進めり わが淑女いたく悦びて我にいふ。見よ、見よ、かの長をさを見よ、かれの爲にこそ下界にて人ガーリツィアに詣まうづるなれ。 鳩その侶ともの傍に飛びくだるとき、かれもこれもめぐりつゝさゝやきつゝ、互に愛をあらはすごとく 我はひとりの大いなる貴き君が他のかゝる君に迎へられ、かれらを飽かしむる天上の糧をばともに讚め稱ふるを見き されど會繹終れる時、かれらはいづれも、我に顏を垂たれしむるほど強く燃えつゝ、默してわが前にとゞまれり 是時ベアトリーチェ微笑みて曰ふ。われらの王宮の惠みのゆたかなるを録しゝなだゝる生命いのちよ 望みをばこの高き處に響き渡らすべし、汝知る、イエスが、己をいとよく三人に顯はし給ひし毎に、汝のこれを象れるを。 頭を擧げよ、しかして心を強くせよ、人の世界よりこゝに登り來るものは、みなわれらの光によりて熟せざるをえざればなり。 この勵ます言第二の火よりわが許に來れり、是においてか我は目を擧げ、かの先に重きに過ぎてこれを垂たれしめし山を見ぬ(天堂編第二十五曲から、山川丙三郎訳) 絵は、上部左側に聖ペテロ、右側に聖ヤコブを配し、その下にダンテとベアトリーチェを描いている。聖者たちは互いに右手を上げて挨拶し、それをダンテが下側から見上げている。ベアトリーチェはダンテの傍らに浮かんで、聖ペテロのほうを見つめている。 |
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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2016 このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである |